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大阪高等裁判所 平成元年(行コ)12号 判決 1991年5月08日

控訴人

地方公務員災害補償基金

大阪市支部長

西尾正也

右訴訟代理人弁護士

柴山正實

今泉純一

被控訴人

中山八重子

右訴訟代理人弁護士

酉井善一

木下準一

斎藤浩

高橋典明

中西裕人

藤木邦顕

青木佳史

長岡麻寿恵

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二主張

当事者双方の主張は、次に付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決三枚目表一一行目の「三〇二」(本誌五四六号<以下同じ>42頁1段26行目)を「三〇〇」と改める。

2  同五枚目裏五行目の「、ブレスト」(42頁4段10行目)から次行の「あること」(42頁4段11行目)までを削り、同七行目の「とっていたこ」(42頁4段13行目)の次に「と及びブレストの重量」を、同行末尾(42頁4段14行目)に「ブレストの全重量は二八六・九一グラムであった。」をそれぞれ加える。

3  同六枚目表末行の「第五九三号」(43頁1段7行目)を「第五三九号」と改める。

4  同一一枚目裏一〇行目の「のみです」(44頁3段11行目)を「のみで判断す」と改める。

5  同一三枚裏九行目の「ことのできず」を(45頁1段16行目)「ことができず」と改める。

6  同一六枚目表四行目の「三〇二」(45頁4段4行目)を「三〇〇」と改める。

二  控訴人の追加主張

1  頸肩腕症候群(本症)は、医学的には半健康の状態をいいそれ自体独立の疾患とはいえないし、その発症機序、原因等についても未解明の部分があり、その定義を含め種々の見解があって、医学上も定説がない。そのため、厳密な意味では公務との医学的因果関係を肯定することはできないのであるが、社会的見地からみて補償の対象とすべきものがあることも否定できない。そこで、行政的政策的配慮から、現時の医学的常識に即して、一定の職種、業務内容を特定し、一定の業務過重性、波等の要件を付して、公務起因性を肯定するものとしたのが基金理事長の通知(昭和四五年三月六日地基補第一二三号)及び補償課長通知(昭和五〇年三月三一日地基補第一九二号)(本件通知)である。右通知の認定基準は、極めて合理性のあるものであって、本症の公務起因性の判断において基本となる基準であり、他にこれに代わってよるべき基準は存しないし、右通知は既に労働者保護等の政策的価値判断を加えているのであるから拡張解釈をする余地はない。

2  大阪市立中央図書館の昭和五五年五月二三日から同年七月八日までの電話交換日誌(<証拠略>)に、被控訴人の同僚大東公子についての一日の着席時間と取扱件数が連続して記載されており、これによれば、右期間中の一時間当たりの通話取扱件数の平均は一六・八件であり、一通話当たりの平均所要時間を三八・九秒とすると一時間のうち電話交換作業に当たる時間は約一一分となり、残りの約四九分間は手空き時間であった。また、右期間中の一時間当たりの平均通話取扱件数は、日曜日が七・一件(五分足らず)、月曜日が一一・二件(約七分)でありこれは他の曜日に比べて非常に少なく、いわゆる特勤体制導入により定例的に一人勤務となった日曜日と月曜日において三時間ないし四時間の連続勤務があったとしても、到底業務が過重とはいえない。このことは、手引<証拠略>に電話交換手が最繁時一時間に取り扱う通話件数の目安を一〇〇件としていることと比較して明らかである。

三  右主張に対する被控訴人の反論

1  本症に関する医学的知見は、従来の整形医学的、臨床医学的視点だけでは治療や発病原因の解明に無力であったものが、昭和四七年産業衛生学会頸肩腕症候群委員会報告などのその後の労働医学の研究の進展により相当程度原因の解明がなされ、治療の効果も上がってきている。また本件通知による認定基準の制定趣旨は、行政官庁が業務上災害の認定を行うに当たり、適正迅速かつ斉一的に認定業務を遂行させることにあるのであって、裁判所を拘束するものではないのみならず、右通知は疾病の実態と労働医学研究の進歩に適合していない問題点もあり、補償の必要のある対象の多くを救済できないこととなっている。

2  手引きや技術基準は、効率的かつ円滑な構内交換設備への改善を図ることを趣旨として作成されたものであり、公務災害認定における業務量の検討基準たりえないものである。また電話交換手は手空き時間においても、高度の精神的緊張の下で、精神的、物理的な拘束状態にあり、疲労を回復しうるような状態にはない。

第三証拠

本件記録中の原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次に訂正、付加、削除するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一七枚目裏三行目の「四八年」(46頁1段25行目)を「四五年」と訂正する。

2  同一八枚目表七行目の「認定基準」(46頁2段17行目)の次に「の一つ」を加える。

3  同一九枚目表一行目末尾(46頁3段20行目)に「控訴人の追加主張1は採用できない。」を加え、同一一行目の「第二六号証、」(46頁3段27行目の(証拠略))の次に「第四五号証の四、」を加え、同一二行目の「つては」(46頁3段27行目の(証拠略))を「ついては」と改め、同一九枚目裏七行目の「一二、」(46頁3段27行目の(証拠略))の次に「第三一号証、第三九号証、」を加える。

4  同二一枚目裏八行の「重さ三〇二」(47頁2段3行目)を「総重量二八六・九一」と、同九行目の「いないのもの」(47頁2段3行目)を「いないもの」と、同一一行目の「重さ二〇〇」(47頁2段6行目)を「総重量一八八・四」とそれぞれ改める。

5  同二三枚目裏四行目の「右机」(47頁4段8行目)の前に「本症発症後は」を加える。

6  同二四枚目表六行目冒頭の「あった」(47頁4段28行目)の次に「(もっとも、内線相互間の一回の発信を統計上二件と数えている可能性が高い)」を、同行の「変わると」(47頁4段29行目)の次に「、取扱時間の短い」をそれぞれ加える。

7  同二四枚目裏九行目の「いるが、」(48頁1段20行目)の次に「被控訴人と同様の取扱件数であったと考えられる被控訴人の同僚大東公子の昭和五五年五月二三日から七月八日までの期間中の一時間当たりの通話取扱件数の平均は一六・八件であり、」を加える。

8  同二五枚目裏五行目の「である」(48頁2段19行目)の次に「(なお、控訴人大阪市支部主事藤原作成の報告書(<証拠略>)には、昭和五五年九月二四日大阪市立中央図書館に赴いての調査結果として、一件を交換するのに通常一分以内で完了との記載がある。)」を加える。

9  同二六枚目表行末の「六時間」(48頁3段17行目)を「五時間又は六時間」と改める。

10  同二七枚目表一行目の「右年度」(48頁4段6行目)を「右同五三、五四年度」と改める。

11  同二八枚目表三行目の「操作で」(49頁1段13行目)の次に「、上肢を挙上し」を加え、同四行目(49頁1段14行目)のかっこ書部分を削り、同六行目の「姿勢」(49頁1段16行目)の前に「拘束された」を加え、同行の「待機」(49頁1段17行目)を「不自然な待機の状態」と改め、同七行目冒頭の「さらに」(49頁1段18行目さらに)の次に「やむをえず」を加え、同八行目の「(上肢の」(49頁1段20行目)から同一一行目末尾(49頁1段24行目)までを「(上肢の動的及び静的筋労作)であったのであるから、被控訴人の従事していた電話交換業務は、一般的に業務危険を伴うものとして作業への従事と発症との間の業務起因性が推定されるだけでなく、現実にも右業務自体、上肢に負担をかけ、相当有害な業務であることが認められる。」と改める。

12  同二八枚目裏一一行目冒頭の「いる」(49頁2段11行目)の次に「(これは電話交換手の標準的業務量の平均を表すものではないことは後記のとおりである。)」を加え、同一一行目から次行にかけての「平均五〇%、」(49頁2段13行目)を削る。

13  同二九枚目表一行目の「している」(49頁2段16行目)から同六行目冒頭の「い)」(49頁2段23行目)までを「している(これも電話交換手の標準的業務量の平均を表すものではないことは後記のとおりである。)のに対して、同六〇年三月ないし四月当時における被控訴人の一時間当たりの取扱件数は、最も多い日でも四三件であったこと、被控訴人の同僚大東公子の昭和五五年五月二三日から七月八日までの期間中の一時間当たりの通話取扱件数の平均は一六・八件であったこと」と、同一一行目冒頭の「きない」(49頁2段30行目)を「きず、他に過重であったことを認めるに足りる証拠はない。」とそれぞれ改める。

14  同二九行目裏一〇行目の「どうかにき」(49頁3段16行目)を「どうかにつき」と改める。

15  同三〇枚目表一〇行目の冒頭(49頁3段21行目)から同三〇枚目裏五行目末尾(49頁4段15行目)までを「他方、控訴人は、手引及び技術基準に照らして被控訴人の発症当時の業務量は非常に少ないと主張するが、被控訴人の業務量が他の同種の労働者と比較して非常に少ないと認めるに足りる証拠はない。なるほど、右手引及び技術基準には、最繁時一時間中に交換作業のために動作した時間の割合を動作率としこの標準が七五%であり、また同時間中に取り扱う通話件数を通話取扱数とし通常一〇〇件程度までであるとの記載がある。しかしながら、右動作率は、現実の交換業務における通常の運用実態の平均値を示すものではなく、局線中継台の座席数を算出する(最繁時一時間内にその局線中継台に発生する呼数を一人の交換取扱者が一時間内に取り扱うことのできる呼数で除した結果をもって求める。)ための指数であって、一人の交換取扱者が一時間内に取り扱うことのできる最大呼数の意味であると認められ、実測動作率が七五%を上回ると交換座席の増設等の対策が必要とされており、七五%に達しなかったからといってその業務量が非常に少ないとはいえないものである(しかも、昭和六〇年三、四月当時の被控訴人の動作率は六一・七%にも達している。)。また、右通話取扱数についても、手数時間の長短の影響を受けるので標準値はないと手引に記載されているように、右動作率を前提とし一件当たりの手数時間を二三秒(着信の場合)等として、業務に支障を生じさせることなく交換取扱者が一時間内に取り扱うことのできる最大数の意味であると解せられる(ちなみに、被控訴人の昭和六〇年三、四月当時の交換業務一件当たりの平均時間三八・九秒を前提とし、通話取扱数を一〇〇件として計算すると、一時間当たり六四分以上も交換業務に従事していることとなり全く不合理な結果となる。)。そして、被控訴人と同じ仕事に従事している同僚は一人にすぎず、また、右手引及び技術基準以外に、他の電話交換手一般の交換業務における通常の運用実態を明らかにする確たる証拠はないので、被控訴人の業務量が他の同種の労働者と比較して非常に少ないと認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。」と改める。

16  同三一枚目表四行目の「いないこと、」(50頁1段1行目)の次に「右三九一件のうち内線相互間の一回の発信は統計上二件と数えている可能性が高いこと、」を加える。

17  同三一枚目裏一〇行目の「六時間」(50頁1段27~28行目)を「五、六時間」と改める。

18  同三二枚目表六行目冒頭の「度で」(50頁2段8行目)「度を相当として」と改め、同末行(50頁2段19行目)の次に改行の上「なお、控訴人は、昭和五五年五月二三日から同年七月八日までの間で、定例的に一人勤務となった日曜日、月曜日においても、一時間当たりの平均通話取扱件数は、日曜日が七・一件、月曜日が一一・二件であって他の曜日に比べて非常に少ないので、被控訴人の一人勤務の業務は過重とはいえない旨主張する。しかしながら、弁論の全趣旨により成立の認められる(証拠略)によれば、電話交換手の業務の有害性は、前述した上肢の動的及び静的筋労作によるものに加えて、作業時間中は通話が入っていないときにも常に一定の拘束された姿勢を保持し、不自然な待機の状態を余儀なくされるだけでなく、利用者と顔を合わせることなく正確かつ迅速な応答が要求されることによる強い精神的緊張・負担からもたらされるものも多いことが認められるし、また、(証拠略)によれば、被控訴人の業務量には、日により又時間により相当程度の波があることが窺われる上、被控訴人の一人勤務日は日曜日及び月曜日よりも他の曜日の方が多いことが認められるのであって、次項に判示する労働負荷の有害性等をも併せ考えるならば、被控訴人の従事していた業務に内在する危険性を否定することはできず、控訴人の追加主張2は採用することができない。(なお、地方公務員災害補償基金大阪支部審査会が昭和五七年一〇月八日付でした本件処分についての審査請求に対する裁決(<証拠略>)においても、一人勤務の業務の過重性は否定されていない。)。」を加える。

19  同三四枚目表二行目末尾の「の」(50頁4段10行目)を削り、同四行目の「計測したこと」(50頁4段11行目)を「計測した」と改め、同一二行目の「おいても」(50頁4段23行目)の次に「安静時に比べ」を加える。

20  同三四枚目裏一二行目の「橈側」(51頁1段11行目)を削る。

21  同三六枚目裏七行目末尾(51頁3段15行目)の次に改行の上「なお、当審で調べた成立に争いのない(証拠略)(これらを以下「松田証言」という。)は、身長・年令とも被控訴人と同等な三人の女性を被験者として、(証拠・人証略)(これらを以下「西山証言」という。)で述べるのと同様の実験を行った結果、西山証言の論及するほぼすべての点について異論を唱えている。しかしながら、松田証人の行った身体計測及び筋電図測定の実験においては、三人の被験者の計測結果の平均値と被控訴人の計測結果を単純に比較して、西山証人の行った実験結果と異なった結論を導いているが、個々の被験者についての実験結果を子細に見ていくと、西山証言による被控訴人の測定結果と同じ傾向を有する被験者の実験結果も相当数存するのであって、松田証言をもって西山証言を不合理として排斥し、その証明力を覆すことはできない。」を加え、同一〇行目の「重さ三〇二」(51頁3段19行目)を「総重量二八六・九一」と、同一一行目から次行にかけての「重さ二〇〇」(51頁3段22行目)を「総重量一八八・四」とそれぞれ改める。

22  同三七枚目表七行目の「ないとしても、」(51頁4段3行目)の次に「隔週の月曜日には暖房が切られていたことなど」を加える。

23  同三七枚目裏三行目の「増加し、」(51頁4段15行目)の次に「全勤務日数中の三分の一を超える」を、同五行目の「させたもので、」(51頁4段18行目)の次に「その通話取扱件数を考慮しても」を、同一二行目の「過重であった」(51頁4段21~22行目)の次に「と」をそれぞれ加える。

24  同三九枚目表二行目の「鎮痛剤等の」(52頁1段30行目)を「鎮痛剤等を」と改める。

25  同四一枚目裏七行目の「加療を」(53頁1段7行目)を「加療が」と改める。

26  同四二枚目表二行目から次行にかけての「いわゆる五九三通達所定の」(53頁1段19~20行目)を削り、同四行目の「診断た」(53頁1段21行目)を「診断した」と改める。

27  同四三枚目表七行目末尾(53頁3段1行目)に「治療継続中には疾病のために明らかではなかったが、治癒した段階での診察、テストの結果、被控訴人は背筋力、握力等において平均的な婦人の体力をはるかに上回る筋力を有していることが判明した。」を加える。

28  同四三枚目裏末行の「おける」(53頁3段22行目)の次の「い」を削る。

29  同四四枚目表九行目の「外痛」(53頁4段5行目)を「外傷」と改める。

30  同四六枚目表四行目末尾(54頁2段8行目)の次に改行の上「医師伊藤友正は、被控訴人の診療録を検討しまた被控訴人の職場を視察して、被控訴人が業務起因性の頸肩腕症候群に罹患していることに疑問を投げかけている(<証拠略>)が、弁論の全趣旨により成立の認められる(証拠略)によれば、伊藤医師は被控訴人を直接診察していないことが認められるのみならず、右証拠と弁論の全趣旨を総合すると、同医師のカルテの読み方等にも種々の疑問がある外、被控訴人の発症当時の業務内容・椅子の座面高等の状況なども十分に了知した上で意見を述べているのか疑問があるので、右医師の意見書は採用できない。」を加える。

31  同四八枚目表九行目冒頭の「たため、」(54頁4段28行目)の次に「やむをえず」を加える。

32  同四九枚目表三行目の「まで」(55頁1段27行目)を削り、同五行目の「可能性の方が高いと考えられ、」を「高度の蓋然性が存する。」と改める。

二  以上によれば、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田秀文 裁判官 坂本倫城 裁判官井上清は退官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 吉田秀文)

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